人のセックスを観て感動した話

オランダ、アムステルダムはセックスとドラッグの街。ガイドさんがそう紹介するのを聞いて、私は耳を疑った。オランダといえば、そう、ゆったりと風車が回っている……。そんな風景のイメージがあった。

卒業論文を出し終えた私は、ヨーロッパの国々を巡るバスツアーに参加していた。ツアー参加者は確か30名ほどで、日本人は私だけ。共通言語は英語だった。

Sex and drugs. ガイドさん、確かに今そう言ったよな……と自分の耳と脳を疑うのも束の間、ガイドさんの説明は続く。

アムステルダムでは、『カフェ』と『コーヒーショップ』は大違いなので気を付けてください。『コーヒーショップ』で売られているブラウニーはマリファナ入りです」

な、なんだってー!!!

今思うと自分で自分に呆れるが、ツアーで巡る国や街について、私はほとんど予習が出来ていなかった。これからどんな街に降り立つことになるのか、想像がつかなさすぎてくらくらした。

その直後、私は決断を迫られることになる。希望者で『セックスショー』を観に行くので希望者は名乗り出てね、という話になったのだ。セックスショー?  何だそれは。セックスのショー?  性行為を観るの?  さすがに違うよね??  私、何か聞き間違えてる???

「ねえ……あなたはどうする?  行く?」

躊躇いがちに耳打ちしてきた隣の席の人(同年代女性)の様子を見て私は確信した。どうやらその名の通りセックスのショーらしい。

「どんなのなんだろう?」

「分かんない」

「あなたは行く?」

「えー。どうしよう……。正直怖い」

「私も怖い」

そんな会話をひそひそと交わしたが、結局好奇心が勝ち、2人とも行くことにした。

アムステルダムの街の雰囲気やコーヒーショップの様子は割愛するとして、とにかく私たちはセックスショーを観に行った。その地域一帯が写真撮影禁止だったため、写真は残っていない。

ショーが行われる小劇場への入場時、飴が配られた。棒付きキャンディーで、キャンディー部分が男性器の形をしている。私はその場で舐める勇気がなかったので、席に着くなりそっと鞄に仕舞ったが、一緒にショーを観に来た何名かは(中には若い女の子達もいたが)ケラケラ笑いながら早速それを舐めていた。楽しそうで何よりだ。

そうこうしているうちにショーが始まった。

記憶の抜けがあるかもしれないが、確か3組のカップルが登場した。1組目は美男美女だった。どんな服を着て登場したかは忘れてしまった。初めから全裸だったかもしれない。初めは目のやり場に困ったが、いやいやせっかくお金を払って観に来たのだからと、私は開き直ってよく観ることに決めた。

ステージの上の男女は、音楽に合わせてそれぞれの身体の美しさを観客に見せつけるように動き、お互いを愛撫した後、挿入した。そのまま動いてみせる。生で観ているので、もちろんモザイクも何も無し。劇場もさほど大きいわけでもないので、割と、というか、とても、よく見える。

それでも、不思議と官能的な感じはあまりしなかった。男性も女性もあまりに美しいためか、その光景は現実離れしていて芸術的だった。まるで彫刻を観ているような美しさだった。

と、そんなことを考えているうちに男女の身体が離れ、観客に向かって挨拶した。観客からは賞賛の拍手と口笛。演者はステージの奥へ去っていく。

2組目は女性同士のカップルだった。若くて綺麗な女性2人が身体を絡める様子は、幻想的にも感じられた。花が香るような美しさだった。挿入時には何か道具を使っていたようだが、詳細は忘れた。夢を見ているような心地で眺めているうちに、彼女たちのショーは終わった。歓声と拍手。

3組目。私はこのカップルのことが忘れられないのだが、出てきたのは熟年夫婦といった雰囲気の男女だった。50代くらいだろうか。先程の2組のような若々しさ、みずみずしさはない。皮膚はたるんでいて、多重のしわを作っている。見ていられないほど醜いわけではないが、見るからに「オジサンとオバサン」という風貌の2人。しかし、この2人のセックスが、いちばん良かった。

人気のカップルなのだろう。歓声を浴びながら彼らのショーは始まった。開始数秒で、私は息を飲む。

愛。そこには愛があった。愛を見せられていた。お互いを見つめる目線、肌への触れ方、重なるときの体制の作り方。どの仕草にも相手への愛が溢れていた。観ているだけでそれが伝わってくる。優しく触って確かめて、目で語るように見つめ合って、挿入する。聴こえるはずはないのに、ふたりの呼吸が寄り添うようにぴったりと合っている、その息づかいさえも聴こえるような気がした。

人はこんなに深く人を愛することが出来る。私たちがその証。そう言わんばかりのショーだった。素晴らしかった。気付くと私は感動のあまり泣きそうになっていた。今見たのが愛というものだ。間違いない。その確信は私の記憶に刻み込まれた。

あれからもう4年以上が経った。元々あまり社交的ではない私は、たまに人付き合いに疲れ、全てが嫌になり、「人間みんな嫌いだ」と思ってしまう。そんな気分のときでも、あのとき見たセックスを思い出すと「人間そんなに悪くない」と思える。そのくらい美しい光景だった。そのくらい強い愛だった。時間的にも空間的にも遠く離れた今の私にも、彼らの愛はまだあたたかい。